ブログ

勝手に町の歴史を紹介!「東京都北区王子」

2026年08月21日

カテゴリー:勝手に街の歴史を紹介

勝手に町の歴史を紹介!「東京都北区王子」

東京都北区王子は、王子神社を中心とした中世の歴史から、徳川吉宗が整えた飛鳥山、王子稲荷の狐伝説、渋沢栄一と近代産業まで、さまざまな時代の物語が重なる町です。この記事では、豊島氏や太田道灌、江戸の行楽文化、洋紙産業、都電などをたどりながら、王子がどのように姿を変えてきたのかを紹介します。

桜と狐、そして近代日本をつくった歴史の町

日本全国には、まだまだ知られていない歴史があります。有名な城や武将だけではなく、普段何気なく歩いている町にも、その土地ならではの物語が残っています。

そこで歴史会では、日本各地の町を勝手に取り上げ、その町の歴史や人物、食、文化などを紹介していく「勝手に町の歴史を紹介!」シリーズを始めました。

今回は東京都北区の「王子」です。

現在では都心へのアクセスも良い住宅地・商業地という印象が強い王子ですが、実はその歴史をたどってみると、源頼朝の時代から豊島氏、太田道灌、徳川吉宗、そして渋沢栄一まで、日本史のさまざまな時代とつながっている町です。

さらに、飛鳥山の桜、王子稲荷の狐、江戸落語、洋紙産業、都電など、時代ごとにまったく異なる顔を持っています。今回は、そんな東京都北区王子を取り上げてみたいと思います。

東京都北区王子はどこにある?

王子は東京都心から非常にアクセスしやすい町です。王子のある東京都北区の人口は、2026年8月1日現在で約37万人。その中でも王子は区役所をはじめとする行政機能が集まり、北区を代表するエリアの一つとなっています。

中心となる王子駅にはJR京浜東北線、東京メトロ南北線が乗り入れています。さらに駅前には都電荒川線、現在の愛称「東京さくらトラム」の王子駅前停留場があります。

JR王子駅は1883年、日本鉄道の上野~熊谷間が開業した当初から設置された歴史ある駅です。現在でも上野・東京方面、大宮方面への移動に便利で、東京メトロ南北線を使えば都心部へも直接アクセスできます。

車の場合は首都高速中央環状線の王子北出入口・王子南出入口などが利用できます。

江戸時代には日光御成道、いわゆる岩槻街道がこの地域を通っていました。日光御成道は、徳川将軍家が日光東照宮へ参詣する際に利用した道です。現在は鉄道、地下鉄、都電、高速道路が集まっていますが、江戸時代から王子は「人が行き交う場所」だったのです。

昔から続く文化や食が身近に残る町

王子神社では「王子田楽」が受け継がれています。田楽は中世に流行した芸能で、王子田楽は北区指定無形民俗文化財となっています。色鮮やかな花笠をかぶった舞童たちが、小太鼓やささらを持って笛や太鼓に合わせて踊る姿は、現在の東京の町中で中世文化を見ることができる貴重な機会です。

食では久寿餅をはじめ、飛鳥山にちなんだ甘納豆、狸最中、おうじロールなど、王子や飛鳥山の名前・歴史を感じさせる菓子もあります。

歴史を知ってから町のお菓子を見ると、「なぜこの名前なのか?」というところまで楽しめるのではないでしょうか。

王子という地名を生んだ「王子神社」

まず王子の歴史を語るうえで欠かせないのが王子神社です。

中世、この地域で勢力を持っていたのが豊島氏でした。豊島氏は武蔵国を代表する武士団の一つで、現在の北区、練馬区、板橋区周辺などに勢力を広げていました。その豊島氏が熊野信仰に基づき、紀州熊野三山から若一王子を勧請したのが王子神社の歴史につながります。

そして先ほど紹介した通り、王子神社の存在から、この地域そのものが「王子」と呼ばれるようになりました。町の名前が神社から生まれ、その神社が現在も同じ町に存在している。

歴史会で、毎年行われている王子神社例大祭の動画を作らせていただいたので、是非ご覧ください。

源頼朝の軍勢も「王子・板橋」へ

王子周辺は鎌倉幕府成立以前の歴史にも登場します。
1180年、石橋山の戦いに敗れた源頼朝は房総半島へ逃れ、千葉氏など東国武士を味方につけながら勢力を拡大。その後、武蔵国を経由して鎌倉へ向かいます。

後世に成立した軍記物語『義経記』には、頼朝が隅田川を越え、軍勢を「武蔵国王子、板橋」へ進める場面が描かれています。この記述は頼朝の同時代史料ではないため、現在の王子周辺を頼朝軍がどのように進んだのかについては慎重に考える必要がありますが、それでも、王子・滝野川・板橋一帯が古くから武蔵国を南北に移動する重要な地域だったことを考えるうえでは、とても興味深い記録です。

豊島氏と太田道灌

鎌倉時代から室町時代にかけて、この地域と深い関係を持ったのが豊島氏です。豊島氏の拠点の一つと伝わるのが、現在の上中里にある平塚神社周辺の「平塚城」です。

しかし15世紀後半、関東では大きな争乱が続きます。

1476年に始まった長尾景春の乱で、豊島氏は長尾景春側につきました。これに対して山内上杉氏側の有力武将として戦ったのが、江戸城を築いたことで知られる太田道灌です。

豊島氏は平塚城や石神井城などを拠点として抵抗しましたが、道灌との戦いに敗れて没落していきました。

現在の王子周辺を歩いていると、とても「城や合戦があった地域」には見えません。しかし王子から上中里、滝野川、さらに石神井方面へと視野を広げていくと、中世の武蔵国を支配した豊島氏の歴史が浮かび上がってきます。

豊島氏という武士団そのものは歴史の表舞台から姿を消しましたが、その痕跡は町の名前として生き続けているのです。

後北条氏から徳川家康へ

その後、戦国時代になると武蔵国へ勢力を拡大してきたのが、小田原を本拠とする後北条氏です。北条氏綱・氏康の時代には江戸周辺も後北条氏の支配下に組み込まれ、王子を含む豊島郡一帯もその勢力圏となっていきました。

そして後北条氏も王子神社を崇敬し、社領を寄進したと伝えられています。豊島氏が勧請した王子神社は、支配者が変わった後も地域の重要な神社として大切にされ続けたのです。

そして1590年、豊臣秀吉による小田原征伐によって後北条氏が滅亡します。後北条氏に代わって関東へ入ったのが徳川家康でした。家康もまた王子神社を重視します。

家康は王子神社に朱印地200石を寄進し、将軍家の祈願所としました。つまり王子神社は、時代ごとに武蔵国を支配した有力者たちから崇敬され続けてきたことになります。
さらに徳川将軍家による王子神社への保護は、家康一代で終わりませんでした。

三代将軍・徳川家光は1634年に王子神社の社殿を造営し、林羅山に命じて『若一王子縁起』を作らせています。その後も徳川将軍家による崇敬は続き、王子神社は江戸時代を通じて重要な神社として存在していきました。

中世に豊島氏が勧請した神社が、戦国時代には後北条氏、江戸時代には徳川将軍家から崇敬される。
王子という町の歴史を見ていくと、王子神社は単なる地域の神社ではなく、時代ごとの支配者が変わっても大切にされ続けた「町の歴史の中心」であったことが分かります。

江戸時代、王子は人気観光地だった!

江戸時代になると、王子はまったく違う顔を見せるようになります。
江戸市中から日光御成道を通って訪れることができる王子は、江戸の人々にとって人気の行楽地となりました。

その象徴が「飛鳥山」です。

八代将軍・徳川吉宗は飛鳥山に1,270本の桜を植えさせました。享保の改革を進めた吉宗には、江戸近郊に庶民が楽しめる行楽地を整備する狙いもありました。
当時、上野にも桜の名所がありましたが、寛永寺境内ということもあって、現在の花見のように自由に騒いで楽しむ場所ではありませんでした。
それに対して飛鳥山は、庶民が比較的自由に花見を楽しめる場所として人気を集めていきます。
吉宗自身も飛鳥山で宴を催したと伝えられ、飛鳥山は江戸を代表する花見の名所になりました。

現在も春になると多くの人が飛鳥山公園を訪れます。私たちが何気なく楽しんでいる飛鳥山の花見には、約300年前から続く歴史があるのです。

春は飛鳥山、秋は滝野川

王子周辺の魅力は桜だけではありませんでした。
春には飛鳥山の桜。
秋には滝野川周辺の紅葉。
石神井川は王子周辺では「音無川」とも呼ばれ、滝や渓谷のような風景が江戸の人々に親しまれました。
現在の音無親水公園周辺を歩いてみると、都市化された王子の中に水辺の景観が残っています。

王子は江戸の人にとって、現在でいう「都心から気軽に行ける観光地」のような存在だったのかもしれません。

王子といえば「狐」

そして王子を語るなら、絶対に外せないのが狐です。王子稲荷神社には、大晦日になると関東一円の狐たちが集まり、装束榎の下で身なりを整えて王子稲荷へ参詣したという伝説があります。
この伝承は歌川広重の浮世絵にも描かれました。

現在では大晦日に狐のお面や装束を身につけた人々が歩く「王子狐の行列」として受け継がれています。
江戸の伝承が、現代の地域イベントになっているわけです。さらに王子の狐は落語にも登場します。

代表的なのが「王子の狐」。

人間を化かすはずの狐が逆に人間に騙されてしまうという、なんとも江戸落語らしい噺です。
「王子の幇間」も王子を舞台とする落語として知られています。
つまり江戸時代の王子は、単なる郊外ではなく、「王子」と聞いただけで江戸の人が情景を思い浮かべられるほど有名な場所だったのでしょう。

「洋紙発祥の地」王子

1873年、渋沢栄一らによって抄紙会社が設立され、王子に製紙工場が建設されました。ここから日本の近代的な洋紙産業が発展していきます。
そのため王子は「洋紙発祥の地」と呼ばれています。

現在の王子駅近くには「洋紙発祥の地碑」が残されています。そして飛鳥山公園には「紙の博物館」があり、紙の歴史や製造技術、日本の近代産業との関係を知ることができます。

江戸時代には桜を見に人々が訪れた飛鳥山から、明治時代には煙を上げる巨大な煉瓦造りの製紙工場を眺めることができました。当時はその近代的な工場そのものが東京の新名所として錦絵にも描かれています。

江戸の名所と明治の文明開化が同じ場所で重なっている。これが王子の歴史の面白いところです。

また、渋沢栄一と王子の関係は工場だけではありません。渋沢は飛鳥山に別荘を構え、後に本邸として生涯をこの地で過ごしました。旧渋沢家飛鳥山邸の主要建物は戦災で失われましたが、現在も「晩香廬」と「青淵文庫」が残されており、国の重要文化財に指定されています。

飛鳥山公園には現在、
北区飛鳥山博物館
紙の博物館
渋沢史料館
という3つの博物館があります。

ここを巡るだけでも、江戸の王子
近代産業の王子
渋沢栄一の王子を一度に学ぶことができます。

工業都市へ発展

製紙業の発展をきっかけに、王子から滝野川にかけては近代工業が発達していきました。
王子製紙だけでなく、明治9年には大蔵省紙幣寮抄紙局が操業を開始。
現在も王子周辺には国立印刷局の施設があります。

水があり、石神井川や用水を利用でき、東京市街にも近い。さらに鉄道が開通する。
こうした条件が重なったことで、王子周辺は東京北郊を代表する工業地域へ成長していきました。

そして王子の町を象徴する風景の一つが、現在も走る都電荒川線です。東京から路面電車が次々と姿を消していく中、荒川線は三ノ輪橋から早稲田までを結び、現在まで残りました。

飛鳥山付近では道路と都電が並び、王子駅前ではJRや地下鉄と接続します。中世の街道、江戸の日光御成道、明治の鉄道、昭和の都電、そして現代の地下鉄。
王子は時代が変わっても、交通とともに発展してきた町なのです。

戦争、闇市、そして現在の王子へ

太平洋戦争では、工業地域であった北区一帯も大きな被害を受けました。戦後の王子駅前には闇市が形成され、焼け跡から町の復興が始まります。

その後、高度経済成長や東京の都市化によって工場の移転や土地利用の変化が進み、王子は工業地域としての性格だけではなく、住宅地・商業地として発展していきました。
しかし町を歩けば、飛鳥山、王子神社、王子稲荷、音無川、洋紙発祥の地、都電など、各時代の痕跡が現在も残っています。
ちなみに東京都北区出身の著名人としては、俳優の深田恭子さんなども知られています。

歴史会として王子の歴史を広めるなら

歴史会として王子をプロデュースするなら
「東京の歴史を一日で300年歩ける町」という見せ方をしてみたいです。

例えば

王子神社

音無親水公園

王子稲荷神社

装束稲荷神社

飛鳥山公園

北区飛鳥山博物館

紙の博物館

渋沢史料館

洋紙発祥の地

という歴史散策ルートを作ります。

これだけで

「中世の豊島氏」
「江戸の王子」
「徳川吉宗と飛鳥山」
「王子の狐」
「明治維新と渋沢栄一」
「日本の近代産業」

まで一気に体験できます。

さらに都電荒川線を組み合わせれば、「都電で巡る東京歴史旅」としても展開できます。

「王子=狐」のブランドをもっと歴史と結びつける

狐そのものはすでに王子を象徴する存在ですが、

なぜ王子に狐の伝説があるのか?
なぜ江戸の人々は王子稲荷へ行ったのか?
なぜ広重が王子の狐を描いたのか?
なぜ落語「王子の狐」が生まれたのか?

まで掘り下げれば、単なる「かわいい狐の町」ではなく「江戸文化の狐の町」になります。狐の行列、浮世絵、落語、食、商店街、歴史散策を組み合わせれば、かなり独自性のある地域コンテンツになると思います。

渋沢栄一×近代産業

渋沢栄一という人物だけを紹介するのではなく、

なぜ渋沢は王子に製紙工場を作ったのか。
なぜ王子で近代産業が発展したのか。
江戸の行楽地だった王子が、どのように工業都市へ変わったのか。

こうした「町が変わっていく物語」にすると、企業研修や学校教育にも使えるコンテンツになります。

王子は一見するとバラバラな素材が一つの町に詰まっています。だからこそ歴史会としては、それらを単体で紹介するのではなく、

「王子は時代によって何度も姿を変えてきた町」

という一本のストーリーにまとめるのが面白いのではないでしょうか。

あなたの町の歴史も、コンテンツにしてみませんか?

歴史会では、歴史を「学ぶ」だけではなく、地域に眠っている歴史を掘り起こし、現代に伝える活動にも取り組んでいます。

日本各地には素晴らしい歴史があるにもかかわらず、その魅力が十分に知られていない地域がまだまだあります。

歴史会では、自治体・観光協会・商工会議所・企業・地域団体などからのご相談を受け、地域史の調査、歴史コンテンツの企画、歴史講演・セミナー、人物や史跡のストーリー制作なども行っています。

さらに歴史会をプロデュースする映像制作会社と連携することで、歴史を調べて終わりではなく、

「調べる → 物語にする → 映像にする → 発信する」

ところまで一貫してプロデュースすることができます。

地域の歴史調査や年間コンテンツ企画をはじめ、PR動画・YouTube・ショート動画などの映像制作、WEB・ブログコンテンツ、SNSでの継続的な情報発信、歴史イベントや講演など、地域に合わせた形で組み合わせることも可能です。

例えば

「うちの町にも面白い歴史があるけれど、どう発信すればいいか分からない」

「地域の偉人や史跡を観光や教育につなげたい」

「歴史を活用した動画やSNSコンテンツを継続的に発信したい」

そんなご相談があれば、ぜひ歴史会へお問い合わせください。歴史は、残しておくだけでは次の世代には伝わりません。

地域に眠る歴史を掘り起こし、面白く伝え、人を動かし、町への愛着につなげていく。

それもまた、歴史会が取り組んでいきたい活動の一つです。

▶ 歴史会へのお問い合わせはこちら

 

歴史をもっと深く、仲間と共に学びたい方へ──歴史会のご紹介

この記事を読んで「もっと歴史との接点を探ってみたい」と感じた方に、ぜひお伝えしたいコミュニティがあります。

歴史会は、歴史好きが集まり語り合い、共に学ぶサークル・コミュニティです。毎月テーマを変えながら開催される歴史セミナーでは、教科書では触れられない人物の裏話や時代背景、そして現代に通じる視点から歴史を掘り下げています。

歴史会で得られること

  • 歴史を語れる仲間ができる──20代〜50代と幅広い年代のメンバーが在籍。共通の話題があれば、年の差は関係ありません。
  • 仕事・人生に役立つ知識を得られる──戦略、リーダーシップ、信念、人間関係…歴史には現代に通じる”生きるヒント”が詰まっています。
  • 参加するほど”階級”が上がる成長制度──参加を重ねるごとに階級が上がり、「上級武士」へと昇格すると運営参画権や特典も得られます。

会員特典と料金

通常会員(入会金5,000円・月会費3,000円)に入会すると、毎月の歴史セミナーが無料で参加できるほか、会員限定イベントや配布物、各種イベント割引、過去のアーカイブ動画見放題などの特典が受けられます。

遠方にお住まいの方や、忙しくてなかなか足を運べない方には、オンライン会員(入会金5,000円・月会費2,000円)もご用意。ご自宅からいつでも講義アーカイブを視聴できます。また、活動を応援したい方向けに賛助会員(月会費500円)という選択肢もあります。

「歴史は好きだけど、話せる友達がいない」「もっと深く、新しい視点で学んでみたい」──そんな思いを持つ方にとって、歴史会はきっとぴったりの場所になるはずです。

▶ 歴史会への入会申込はこちら

公式LINEで最新情報・イベントのお知らせを受け取る

歴史会講師 井坂陽一

記事の執筆者:

歴史会講師 井坂陽一
歴史会主催 / 講師 
SISeI合同会社 代表

ベーシストとしてロサンゼルスに留学。その後、音楽専門学校講師やREC、LIVEなど音楽活動を続けるが、一転してSISel合同会社を設立。
企業のPVやMVを中心に動画を制作し、中長期的プロモーションの戦略を提案するクリエイティブコンサルタントも行う。
2021年に一般社団法人寺子屋経営塾を新たに立ち上げ「徳ある経営の実践」をテーマに代表理事として運営。歴史やDX、SNSなど、全国でセミナー講師としても活動中。

記事一覧に戻る

入会のご案内

歴史を共に学び、

共に楽しめる会員を
募集しております。

入会金

5,000

(税込)

月会費

3,000

(税込)

毎月の歴史セミナーが無料

会員限定イベントや配布物

各種イベント割引

過去のアーカイブ動画が見放題

入会申込はこちら

\最新情報や歴史会イベントのお知らせを配信しています!/

公式LINE

オンライン会員・
賛助会員について

歴史会では通常会員の他に、ライフスタイルや志に合わせた2つの会員制度をご用意しています。
皆様の状況に応じた形でのご入会を、心よりお待ちしております。

オンライン会員入会金

5,000

(税込)

オンライン会員月会費

2,000

(税込)

「オンライン会員」は、遠方の方や多忙な方向けに、
オンラインで歴史会に参加できるほか、これまでの講義アーカイブ動画も見放題となる制度です。
ご自宅からいつでも学びを深めていただけます。

オンライン会員についてはこちら

賛助会員月会費

500

(税込)

「賛助会員」は、当会の歴史継承活動をご支援いただく制度で、特典として活動報告書をお届けします。

賛助会員についてはこちら