海、山とともに生きてきた能登半島の入り口の街

日本全国には、まだまだ知られていない歴史があります。有名な城や武将だけではなく、普段何気なく歩いている町にも、その土地ならではの物語が残っています。
そこで歴史会では、日本各地の町を勝手に取り上げ、その町の歴史や人物、食、文化などを紹介していく「勝手に町の歴史を紹介!」シリーズを行っています。また、この企画は私自身がセミナーなどで実際に訪れた街でもあります。
今回紹介するのは、石川県羽咋郡宝達志水町です。
石川県のほぼ中央、能登半島の入り口に位置する町で、西には日本海、東には標高637メートルの宝達山があります。
町の公式資料にも「海、山とともに生きてきた宝達志水町の人々」と表現されているように、この町の歴史を見ていくと、海と山の存在が人々の暮らしと深く結びついてきたことが分かります。
そして調べてみると、石川県内で最初に発見された旧石器から、大伴家持、源平争乱、前田利家と佐々成政の戦い、加賀藩、金山まで、実にさまざまな歴史が登場します。
今回は、そんな宝達志水町の歴史を時代を追いながら紹介していきます。
宝達志水町はどこにある?

宝達志水町は石川県のほぼ中央部にあり、金沢市から約35キロ。現在の宝達志水町は、2005年に旧押水町と旧志雄町が合併して誕生しました。
鉄道ではJR七尾線が町内を通り、免田駅・宝達駅・敷浪駅の3駅があります。車の場合は、金沢方面から「のと里山海道」を利用して向かうことができ、金沢から約30分ほど。能登方面へ向かう際の入口ともいえる場所です。
そして車で訪れるなら、ぜひ走ってみたいのが千里浜なぎさドライブウェイ。
日本海を横目に、砂浜を自動車で走ることができる全国的にも珍しい観光スポットです。宝達志水町側では今浜から千里浜なぎさドライブウェイへ入ることができます。
山へ目を向ければ、町の南東部には能登半島最高峰の宝達山。
つまり宝達志水町は、日本海から宝達山まで、海と山の両方を一つの町の中で楽しむことができる場所なのです。
宝達葛、イチジク、オムライス!宝達志水町の食と文化

宝達志水町には、地域の自然を生かしたさまざまな特産品があります。
その一つが「宝達葛」。宝達山周辺に自生する葛の根から作られてきた伝統的な食材で、長い歴史を持つ宝達志水町の特産品です。また、イチジクの産地としても知られています。そして郷土のお菓子として紹介したいのが「おだまき」。餅菓子の一種で、地域に伝わってきた素朴な味を楽しむことができます。
さらに宝達志水町を語るうえで外せない意外な食べ物があります。
それが「オムライス」です。
現在のオムライスの原型の一つを生み出した店として知られる大阪の「北極星」。その創業者・北橋茂男氏が宝達志水町の出身であることから、町では「オムライスの町」としての地域おこしも行われています。
海、山、里の食材に加えてオムライスまで出てくる。歴史だけでなく、食を入口に町を知る楽しさもありそうです。
また、この地域では自然と人々の暮らしが長い年月をかけて結びついてきました。宝達志水町の里山・里海も、世界農業遺産「能登の里山里海」の地域として、その価値が受け継がれています。
祭りや伝統文化も残っており、子浦地区では勇壮な越中獅子の系統を伝える獅子舞、菅原地区では能登獅子の文化を見ることができます。
さらに蓮華山大相撲は500年以上の伝統を持つとされ、加賀・能登・越中から力士たちが集まり、夜まで熱戦を繰り広げてきました。
食、祭り、海、山。
宝達志水町では、歴史が文化財の中だけではなく、現在の人々の暮らしの中にも残されています。
石川県の歴史はここから?旧石器から古墳時代へ

宝達志水町の歴史を遡ってみると、驚くほど古い時代にたどり着きます。
町内の御舘では、石川県内で最初となる旧石器が発見されており、さらに町内各地から縄文時代、弥生時代の遺跡が確認されていることからも、この地域では非常に古い時代から人々が生活していたことが分かります。
日本海の恵みを得られる海岸部。
川が流れ、平地が広がる内陸部。
そして背後には豊かな山。
人々が生活するために必要な環境が揃っていたことが、この地域に早くから人々が暮らした理由の一つだったのかもしれません。
古墳時代になると、この地域の重要性を伝える遺跡も登場します。
その代表が「散田金谷古墳」です。
宝達志水町には古代から中世、近世までの歴史が重なるように残されていますが、その入口となるのが、こうした旧石器や古墳の存在です。
戦国時代から始まる町ではありません。宝達志水町の歴史は、文字による記録が残されるよりもはるか昔から始まっているのです。
弘法大師と大伴家持――伝説と万葉の時代

古代の宝達志水町には、興味深い伝説も残されています。その一つが「弘法水」です。
弘法大師がこの地を通った際、水を求めたところ、一人の老婆が一杯の水を差し出したといいます。その親切への礼として弘法大師が杖で岩を押すと、そこから清水が湧き出した。そんな伝説がこの地には伝えられています。
史実そのものとは分けて考える必要がありますが、こうした伝説が長い間語り継がれていること自体が、その土地の歴史の一部です。
そして宝達志水町は、日本を代表する歌人ともつながっています。
大伴家持です。
奈良時代、越中国守となった大伴家持は、現在の富山県を中心とした北陸地方を巡りました。宝達志水町の東側には富山県との県境があり、その周辺には古代から加賀と越中を結ぶ道がありました。
町の歴史でも「大伴家持と臼ヶ峰」は重要なテーマとして紹介されています。
現在の県境だけを見ていると、石川県と富山県は別々の地域に見えます。しかし昔の人々の移動を追っていくと、宝達志水町は能登・加賀・越中を結ぶ場所でもあったことが見えてくるのです。
菅原道真の伝承と、末森城主・土肥親真

中世になると、この地域はさらに歴史の表舞台とつながっていきます。
宝達志水町には菅原神社があり、県内でも非常に古い由緒を持つ神社として知られています。
「菅原」と聞けば思い浮かぶのが菅原道真です。
後にこの地域を支配した加賀藩前田家も、菅原道真の子孫を称していました。そのため菅原氏にまつわる歴史は、後の前田家との関係を考えるうえでも興味深いものがあります。
そして戦国時代。
宝達志水町に存在した重要な城が「末森城」です。
末森城主として知られる人物の一人が土肥但馬守親真。
この末森城が、後に北陸の歴史を大きく左右する戦いの舞台となります。
「加賀百万石」の始まりとなった末森城の戦い

1584年、羽柴秀吉と徳川家康が争った「小牧・長久手の戦い」と連動するように、北陸でも大きな戦いが起こります。
越中の佐々成政が、前田利家方の末森城へ攻め込んだ「末森城の戦い」です。
佐々軍の猛攻を受け、末森城は落城寸前まで追い込まれます。城を守っていたのは、奥村永福ら前田方の武将たち。末森城の危機を知った前田利家は金沢方面から救援へ向かい、佐々軍を背後から攻撃。末森城への救援を成功させ、佐々成政の軍勢を退けました。
実はこの戦い、漫画『花の慶次 ―雲のかなたに―』にも登場します。
作中では前田慶次が、盟友・奥村助右衛門を助けるため末森城へ向かい、佐々軍を相手に活躍する戦いとして描かれています。『花の慶次』を読んだことがある人なら「あの末森城か!」となる場所なのです。
そして、この末森城の戦いにはもう一つ大きな意味があります。
それが「加賀百万石の始まり」です。
この勝利によって前田利家は加賀・能登の支配を守り、その後、越中へと勢力を広げていきます。1585年には加賀・能登・越中三ヶ国支配の基盤を固め、後の「加賀百万石」へとつながっていきました。
石川県も末森城跡について「加賀百万石があるのは、この戦いで勝利したことによるとされている」と紹介しています。つまり宝達志水町は、単に戦国時代の城跡が残っている町ではありません。
後に日本最大級の大名家となる前田家の「百万石への道」が大きく動き出した場所の一つなのです。
そう考えると、宝達志水町の末森城を見る目も、少し変わってくるのではないでしょうか。
「宝達」の名につながる金山と加賀藩を支えた人々

宝達志水町には、もう一つ非常に面白い歴史があります。
金山です。
宝達山には「宝達金山」があり、江戸時代には加賀藩の重要な鉱山の一つとなりました。金山では多くの人々が働き、鉱山で培われた土木技術も地域に残されていきます。そして鉱山で働いていた人々が、やがて堤防や用水路などの工事にも従事するようになります。
こうした高い土木技術を持った人々は「宝達者」と呼ばれ、各地の工事で活躍したと伝えられています。金を掘るために培われた技術が、その後、人々の暮らしを守る堤防や農業を支える用水へ使われていった。宝達金山は単に「昔、金が採れました」という話ではなく、そこから生まれた技術と人材まで地域の歴史につながっているのです。
加賀藩時代の暮らしを知るうえでは「喜多家住宅」と「岡部家」も重要です。
両家は加賀藩の農村支配を担った「十村」に関係する家で、地域の政治や産業だけではなく、農民たちの生活にも深く関わっていました。
現在、喜多家住宅は国指定重要文化財、岡部家は石川県指定有形文化財となっています。
城や武将だけではなく、「その時代の地域社会を誰が動かしていたのか」という視点で歩いてみると、宝達志水町の歴史はさらに面白くなります。
歴史会なら、宝達志水町をどう広めるか?

さて、ここからは勝手に考えます。
もし歴史会が宝達志水町の歴史を使って地域をPRするとしたら、私は「はじまりの町」というキーワードを徹底的に使います。
実は宝達志水町自身も「はじまるまち。」という言葉で町を発信しています。
これを歴史の視点からさらに広げたいのです。
「石川県の旧石器研究のはじまり」
「加賀百万石につながる末森合戦」
「オムライスのはじまりにつながる町」
「能登半島のはじまり」
「千里浜なぎさドライブウェイのはじまり」
一見すると関係のないテーマですが、「はじまり」という一つの物語にまとめることができます。
宝達志水の“はじまり”を探す旅
古代なら御舘の旧石器や散田金谷古墳。
奈良時代なら大伴家持。
中世・戦国なら菅原神社、末森城。
江戸時代なら宝達金山、喜多家、岡部家。
そして現代ではオムライスを食べ、最後は千里浜なぎさドライブウェイを走る。
一日の中で旧石器時代から現代までを旅するような歴史観光ルートを作ります。
前田利家、加賀百万石への分岐点
前田利家という全国的に知名度のある人物から宝達志水町へ入ってもらい
「なぜ利家は末森城を救わなければならなかったのか?」
「もし末森城が落ちていたら?」
「佐々成政が勝っていたら北陸はどうなっていた?」
といった切り口でショート動画や歴史解説動画を制作します。
単に「ここに城跡があります」ではなく、「ここで北陸の未来が変わった」と伝えることで、歴史好きが実際に現地へ行きたくなる物語を作ります。
宝達金山と「宝達者」
個人的には、ここがかなり面白いと思います。
金山というだけでも興味を引きますが、本当に面白いのは「金を掘った人々の技術が、その後の土木工事に生かされていった」という部分です。
「金を掘る技術が、町を守る技術になった。」
この物語は映像にも向いています。
そして最後は、歴史だけに限定しません。
海、山、里山里海、イチジク、宝達葛、おだまき、オムライス、獅子舞、蓮華山大相撲、千里浜なぎさドライブウェイ。
これらをすべて「宝達志水町の人々が海と山の間で積み重ねてきた暮らし」として一つにつなげます。
旧石器時代の人々も、万葉の時代を歩いた人々も、末森城を守った武士たちも、金山で働いた鉱夫たちも、加賀藩の農村で暮らした人々も、そして現在ここで暮らしている人々も、同じ海と山の間で生きてきました。
そう考えると、
「海、山とともに生きてきた能登半島の入り口の町」
という宝達志水町の魅力が、一つの長い物語として見えてきます。
有名な観光地を一つだけ見て終わるのではなく、町全体を一冊の歴史の本のように歩いていく。そんな歴史旅ができる町として宝達志水町を発信したら、かなり面白いのではないでしょうか。
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