何もないと思っていた故郷は、南北朝時代の最前線だった

今回から、新しいブログ企画を始めたいと思います。
題して
「勝手に日本の町の歴史を紹介していく」
日本全国には、観光地として有名ではなくても、調べてみると驚くような歴史が残っている町がたくさんあります。
城があるわけでも、大河ドラマの舞台になったわけでもない。しかし、その土地を歩き、神社やお寺、地名などを調べていくと
「こんなところに、こんな歴史があったのか!」
という発見があります。
歴史会では、そんな地域の歴史を掘り起こし、勝手に紹介していきたいと思います。
そして記念すべき第1回は、私自身の生まれ故郷。
茨城県那珂市瓜連(うりづら)
です。
私が生まれ育った「瓜連」

瓜連は茨城県の中央よりやや北、水戸市から北へ向かったところにあります。
現在は那珂市の一部ですが、かつては「那珂郡瓜連町」という独立した町でした。
2005年、旧那珂町と旧瓜連町が合併して現在の那珂市が誕生しています。
那珂市全体の人口は、2026年7月現在で約5万2,000人。
東京から向かう場合、電車ではJR常磐線で水戸駅へ行き、そこからJR水郡線へ乗り換えます。
瓜連にはその名も「瓜連駅」があります。車なら常磐自動車道の那珂ICから向かうことができ、東京方面からでも比較的アクセスしやすい場所です。
那珂市では現在、干し芋、那珂かぼちゃ、那珂パパイヤ、ひまわりオイル、地元の木内酒造が手掛ける常陸野ネストビールなど、さまざまな商品が「那珂市特産品ブランド」として認証されています。
とはいえ、私自身、子どもの頃に
「瓜連って何が有名なの?」
と聞かれても、正直なところ、うまく答えられなかったと思います。
ところが、大人になって歴史を好きになってから地元を見直してみると、驚きました。
瓜連、めちゃくちゃ歴史があるんです。
小学校のジャージにあった「菊水紋」

そのことに気付くきっかけの一つが、小学校時代の記憶でした。私が通っていた小学校のジャージには、校章が付いていました。そのデザインが
「菊水紋」
だったのです。
子どもの頃は当然、家紋の知識などありません。
「学校のマークなんだな」
くらいにしか思っていませんでした。
ところが大人になり、歴史を好きになってから改めて見てみると
「あれ?これって楠木氏の菊水紋じゃないか?」
と気付きました。
菊水紋といえば、南北朝時代を代表する武将・楠木正成で知られる紋です。
なぜ茨城県の小さな町に、楠木氏を思わせる紋が残っているのか。
調べていくと、そこには自分が子どもの頃にはまったく知らなかった瓜連の歴史がありました。
瓜連は「南朝の東国拠点」だった

時代は南北朝時代。
後醍醐天皇による建武政権が崩れ、足利尊氏を中心とする北朝方と、後醍醐天皇を中心とする南朝方が争っていた時代です。
その動乱は京都や吉野だけで起きていたわけではありません。
関東でも南朝と北朝の勢力が激しく争っていました。
そして1336年、南朝方の武将として瓜連城へ入ったのが
「楠木正家」
です。
楠木正家は、楠木正成の甥とされる人物。
つまり瓜連は、あの楠木一族が東国で戦うための重要拠点となったのです。
正家は那珂氏、川野辺氏、広橋氏、大掾氏、千葉氏と共に、瓜連城を拠点として南朝勢力の拡大を図ります。
それに対して立ちはだかったのが、常陸国の有力武士
佐竹氏9代当主・佐竹義篤
でした。
佐竹氏は北朝方として瓜連城を攻撃。
激しい攻防の末、1336年12月、瓜連城は落城します。
楠木正家が瓜連城を拠点とした期間そのものは決して長くありません。
しかし、南北朝時代の東国における南朝方の重要拠点の一つだったことから、現在でも歴史的価値の高い場所として残されています。
私が通った幼稚園が「瓜連城本丸跡」だった

そして個人的にさらに面白いのが
瓜連城跡=常福寺
ということです。
現在、瓜連城の本丸跡とされている場所には常福寺があります。
実は私、この常福寺の幼稚園に通っていました。
つまり私は幼稚園児の頃、南北朝時代に楠木正家が拠点とした瓜連城跡で遊んでいたわけです。
もちろん当時は、そんなことは何も知りません。
小学校では菊水紋を思わせる校章の付いたジャージを着て、幼稚園では楠木一族が戦った城跡で過ごしていた。
それなのに歴史を知らなかった。
今になって考えると、なんとももったいない話です。
現在も常福寺周辺には瓜連城の痕跡が残り、北東側には約20メートルの高低差がある急崖、さらに二段に築かれた土塁など、中世城郭を感じさせる地形を見ることができます。
城跡は1934(昭和9)年12月18日、茨城県指定史跡となりました。
瓜連城跡に建つ「常福寺」の歴史

常福寺は浄土宗の寺院で、正式には「草地山蓮華院常福寺」といいます。その歴史は古く、寺伝によれば延暦年間、平安時代初期に坂上田村麻呂が蝦夷征討へ向かう途中、この地に草庵を建立したことが始まりとされています。
北朝方の攻撃によって瓜連城が落城後、時代を経た14世紀後半、常福寺の歴史において非常に重要な人物が登場します。
浄土宗の僧、了誉聖冏(りょうよしょうげい)です。
聖冏は常陸国出身とされ、浄土宗の教学を体系化し、後世の浄土宗発展に大きな影響を与えた高僧です。
常福寺はこの聖冏によって再興され、浄土宗の重要な教学拠点へと発展していきました。また、了誉聖冏が著した「日本書紀私鈔並びに人王百代具名記」は、南朝の長慶天皇の即位を裏付ける有力な史料として知られており、ここにも南朝との不思議な縁を感じます。
聖冏のもとには多くの僧侶が集まり、常福寺は浄土宗の学問を学ぶ場所として大きな役割を果たします。そして聖冏の弟子の一人が、のちに徳川家康によって江戸・芝の増上寺を開いたことで知られる酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)です。
つまり、現在では徳川将軍家の菩提寺として知られる増上寺につながる浄土宗の大きな流れの中にも、瓜連の常福寺が存在していたことになります。これだけでも、瓜連という町を見る目が少し変わってきます。
かつて南朝方の楠木正家が戦った瓜連城。その城跡に建つ常福寺に、後世、南朝の天皇を考えるうえで重要な史料が残されている。偶然とはいえ、南朝との不思議な縁を感じずにはいられません。
大人になって歴史を学び、改めて故郷を調べてみる。すると、子どもの頃に何気なく歩いていた場所が、700年近い歴史を持つ舞台だったことに気付きます。こういう発見こそ、地元の歴史を知る面白さなのかもしれません。
瓜連は城だけじゃない

瓜連周辺を歴史という視点で見ていくと、他にも紹介したい場所があります。
代表的なのが静神社です。
静神社は古くから信仰を集めてきた神社で、常陸国二宮として知られています。
さらに周辺には、白鳥などの水鳥が飛来する古徳沼、静神社と古徳沼周辺を結ぶ静古徳古道などもあります。
そして地元には「源太郎稲荷大明神」の静の森に四匹の兄弟キツネの話しなど、地域に根付いた信仰や伝承も残っています。少し範囲を広げれば、八重桜で知られる静峰ふるさと公園もあります。
つまり瓜連は
神社・寺院・城跡・古道・自然
を一つの地域の中で巡ることができる町なのです。
歴史会なら瓜連をどう広めるか?

では、歴史会として瓜連を勝手にプロデュースするとしたらどうするか。
私はやはり
「知られざる南北朝の町・瓜連」
を前面に出します。
南北朝時代というと、京都、吉野、鎌倉などに注目が集まりがちですが、その争いは全国へ広がっていました。
関東にも南朝方の勢力が存在し、その重要な拠点の一つが瓜連城だった。
この物語はもっと知られていいと思います。
特に現在は『逃げ上手の若君』などの影響もあり、鎌倉幕府滅亡から建武の新政、南北朝時代に興味を持つ人も増えています。
そこで例えば
「南北朝の東国戦線を歩く」
という歴史散策コースを作る。
瓜連駅からスタートし、常福寺・瓜連城跡を歩き、静神社、静古徳古道などを巡る。
瓜連城では
「なぜ楠木正成の一族が遠く離れた常陸国までやって来たのか?」
「なぜ佐竹氏は南朝方と戦ったのか?」
「京都で始まった争いが、なぜ茨城県まで広がったのか?」
そんな物語を紹介する。
単純に「ここに城がありました」ではなく、
瓜連を舞台に南北朝時代という全国規模の動乱を理解してもらう。これだけでも、かなり面白い歴史コンテンツになると思います。
さらに「菊水」を町の歴史を伝える入口として活用したり、南朝方と北朝方に分かれて街歩きをする歴史イベント、子ども向けの「瓜連城の戦い」歴史体験、御城印や歴史マップなどを作っても面白そうです。
何より重要なのは、地元の人自身が
「自分たちの町にはこんな歴史があったんだ」
と知ること。
私自身がまさにそうでした。幼稚園も、小学校の校章も、子どもの頃にはただの日常でした。
しかし歴史を知ったことで、その景色の意味がまったく違って見えるようになりました。
歴史を知ると、何もないと思っていた町が「物語のある町」に変わります。
それこそが、地域の歴史を知る面白さではないでしょうか。
日本全国の「実はすごい歴史がある町」を、これからどんどん掘り起こしていきたいと思います。
あなたの町の歴史も、コンテンツにしてみませんか?

歴史会では、歴史を「学ぶ」だけではなく、地域に眠っている歴史を掘り起こし、現代に伝える活動にも取り組んでいます。
日本各地には素晴らしい歴史があるにもかかわらず、その魅力が十分に知られていない地域がまだまだあります。
歴史会では、自治体・観光協会・商工会議所・企業・地域団体などからのご相談を受け、地域史の調査、歴史コンテンツの企画、歴史講演・セミナー、人物や史跡のストーリー制作なども行っています。
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ところまで一貫してプロデュースすることができます。
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